10月20日、武蔵野美術大学の源愛日児先生にお声がけいただき、大学院1年生の建築構法特論という授業において、zoomを使用したオンラインによる特別講義をさせていただきました。武蔵野美術大学は、多摩美術大学と並ぶ日本における私立美術系大学の双璧をなす大学です。先月、大学にて源先生と特別講義の事前の打ち合わせをおこない、さらに、先週、zoomによるオンラインの最終打ち合わせをさせていただきました。美術大学の雰囲気は私が通った総合大学とはまた違ったアートwの雰囲気がありました(学園ドラマ(芸術系)の一風景のように、学生さんが凧揚げを楽しんでいました。9月でしたけど。何かいい。)。建築の仕組みや構成を学ぶ建築構法の授業ではありますが、美術大学ですので、時間をどのようにデザインするかについての問題意識を共有した上で、本日は講義を行いました。 講義後、学生さんと質疑応答をおこないましたが、美術大学の学生さんらしく、遠慮がちながらも、建築再生における確信を突く鋭い質疑を受けました。質疑応答の内容を大別すると、以下の3点になります。 1点目は、リノベーションは綺麗にするだけという印象であったが、耐震補強という極めて語彙が限られる中において、普段から設計者としてどのような思いで建築を設計しているかを聞きたいとのことでした。既存建物の再生を設計することの条件として、机上でデザインを巡らすのではなく、今ある建物が現前として存在し、建物の形態(ボリューム)がある中で、耐震補強や法的制約を受けながらその条件整理をおこない、再生可能性の検討をおこないながら、少しづつ、事業者の要望する計画が導き出されて最終的なカタチが集約され、形成していくことが再生設計の難しさであり、また、その絡み合った糸の紐解きが面白さでもあることを伝えました。特に、設計をおこなう前の「予備調査」の重要性を伝えました。 2点目は、建築の再生を設計をすることで、建築家としての作家性はどのように盛り込むのか。建築の再生においては、それを打ち出すことは難しいと思うがどのように考えているかという質疑がありました。美術大学の学生らしい質問です。役所や学校、あるいは病院の耐震補強には、鉄骨のバッテン補強を唐突に外部に取り付けるといった、明らかな補強然とした施工がなされており、都市景観上も望ましくないと考えています。耐震補強という、現代における建物の性能向上には受け入れなければならない事象に対して、どのようにアジャストするかということに建築の作家性は現れてくると考えています。そのことを踏まえた上で、さらに、既存建物が経験した時間の経過、すなわち、エイジングされている部材やその歴史性をもった部位や空間に対して、それを活かしながら整備することに作家性は表出するとも考えています。都市やまちは、歴史の重層により文化が紡がれていくものであり、奇抜な新規性のある意匠を生み出すことが、これからの日本における縮小社会において作家性を打ち出すこと、すなわち、建築家の役割ではないと考えています。 3点めは、仮に、建て替えをおこなう場合、今後、数十年経過した後に、再生しやすいデザインということを考慮しながら設計をすることなどはあるのかという質問でした。これは、重要な課題です。建築再生設計事務所として再生「する」設計と、建て替えざるをえない場合おいては、新築においても再生「しやすい」設計の二つを念頭に置いて設計を行なっています。構造躯体と設備・意匠を分離して役割を担うといった理念に基づく考え方は、大阪ガスが事業主体となり、私が建築再生に関する博士の学位を取得した時の主査である師匠の師匠のまた師匠である内田祥哉先生が中心となって計画したNEXT21という実験住宅で既に示されたように、重要な考え方だと認識しています。驚くことに、この建物は、私が大学で建築を学び始めた1994年には既に建設されており、未来、すなわち、今からの日本の建築の在り方を導く建物と建築構法の考え方です。建物の寿命は、構造躯体はまだまだ長寿命化が図れるにも関わらず、設備劣化や仕上げの陳腐化などの再生すれば改善可能な要因により建物の寿命が決まることが多く、それでも、建物をどうしても建て替えなければならない場合は、数十年後の改修を見越して設計する必要があると考えています。 今回の講義では、学生さんがこの講義をどのように捉えて、どのように感じたのかのレポートを後日、受け取ることになっています。適切な講義ができたかどうかの不安もありますが、それも含めて、レポートを楽しみにしています。建築再生設計の実務をおこないながらも、改めて、このような貴重な機会をいただいた源先生と武蔵野美術大学には、この場を借りて、改めて、感謝とお礼を申し上げます。今後とも、ご指導のほど、よろしくお願いいたします。 後日、学生さんからのレポートを受け取りました。 今回は建築構法の講義であったため、外付け耐震補強と外装改修の各部の構法について詳細に説明をおこないましたが、1つのディテールが耐震性・耐久性・耐候性・断熱性・意匠性の複合的な性能向上に寄与することに着目した方が多く、建築設計と建築構法の密接な関係を感じつつ、過去と未来を見据えた時間のデザインが、これからの設計者の技量としてみられるのではないかとのことでした。 新築とはまた違った設計の楽しさが感じられて、自身も将来的に建築再生に携わってみたいとの意見を複数聞くことができたことは、私としては大変嬉しく、今回の講義の意義があったのではと感じました。
前職、青木茂建築工房在籍時の最後の担当作品として携わらせていただいた港区立伝統文化交流館が、2020年度のグッドデザイン賞を受賞しました。前職のスタッフの方にお知らせをいただいたのですが、建物の詳細は添付のグッドデザイン賞のホームページに記載されているとおりです。延べ床が約550平方メートルの2階建ての、公共施設としては比較的小さな建物でしたが、コンペによる設計者特定などから数えると、約5年がかりの大プロジェクトでした。文化財の再生の設計をさせていただくことは初めてで、保存と利活用の両立の難しさを学びました。 コンペ提案のための各種の分析や準備には、設定された短い期間の中で、凝縮してまとめることができたと思いますが、この時は、ここまで大変なプロジェクトになるとは思っていませんでした。 文化財として建物を保存したいという考え方と、利活用するために文化財にも関わらず改造を加えたいという考え方との狭間におけるトレードオフの関係に対する、都度の決断には相当の検討と時間をかけたことなど、設計時の協力事務所や専門業者、および、港区関係者との幾度となく続けた協議や議論を昨日のことのように思い出します。 さらに、施工時において、設計時に分からない不確定要素についての対応や、設計時よりもさらに議論を繰り返して保存する部分をできる限り増やしたいという文化財係を中心とした港区担当者の歴史や文化に対する認識、港区監督員の安全・安心を確保して誰もが利用しやすい建物にするという強い思いなど、建築に対する問題意識を共有させていただくことができました。 関係する全てのみなさまに感謝を申し上げるとともに、これらの経験を今後の設計活動に活かしていきたいと考えています。 https://www.g-mark.org/award/describe/50995?token=6BLFRs6vam